三舟隆之(2009)は、「日本人がある限り、浦島太郎も生き続ける。そのようにして浦島太郎は、一六〇〇年もの歳月を生きてきた。龍宮城にいた時間より、はるかに長い年月を、この日本で生きてきた。・・・・・・親が、昔話を子供に読み聞かせる、例え、子供がどんな状態にあっても。もう一度、その原点に戻らないか。我々には、残さなければならないものがある。語り継がなければならないものがある。浦島太郎は、その一つだ。浦島太郎は、不老不死だ。昔も今も、そしておそらく未来も。昔話には未来がある、そう思わないか。」と指摘している。
2.2 先行研究における問題点
以上の研究は日本古典童話の研究では鮮明な観点を提供したが、文化性視角からの研究はまだ十分ではない。そこで、筆者は社会学と児童教育の視角から日本古典童話の定着を溯源したいと思う。様々な文献を整理するうえで、自身の分析を加え、日本古典童話の本流を捉えることに役に立てばと思われる。
3.『桃太郎噺』の文化的読み取り
『桃太郎』は『浦島太郎』、『一寸法師』、『猿蟹合戦』、『花咲じじい』などと並んで、日本でもっとも代表性を持っている昔話の一つとして、長い間、語り継がれ、読み継がれ、親しまれ愛されてきた。日本人のほとんどが、『桃太郎ばなし』を聞いたり、絵本で読んだりテレビで視聴したりした経験を持っているといえよう。そこで本章は、桃太郎の受容と変容を掘り下げることにより、その背後に映された日本文化を探求し、日本主流社会が尊ぶ個性や品行をまとめる。
3.1 『桃太郎噺』のあらすじと変容
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいた。ある日、おばあさんが川で洗濯していると、川上から大きな桃が流れてきた。おばあさんはその桃を家に持ち帰った。桃を食べようと割ったところ、桃の中から元気な男の子が飛び出した。子どもがいなかったおじいさん、おばあさんは大変喜んで、桃から生まれた男の子に桃太郎と名付け、大事に育てた。桃太郎は、どんどん大きくなって、力持ちで、強い、かしこい子になった。ある日、急に桃太郎はじいさまとばあさまに「鬼ヶ島へ鬼退治に行ってまいります。どうか日本一のきびだんごを作ってください。」と言った。じいさまとばあさまはしかたなく、日本一のきびだんごをたくさんこしらえて、新しいはちまきをさせ、新しいはかまをさせ、刀をささせ、桃太郎送り出した。鬼ヶ島に行く途中、桃太郎はきびだんごを使って、次第に犬、雉、猿などを家来にした。日本一のきびだんごを食べているので、何千力にもなっている桃太郎は刀をふるい、犬はかみつき、猿はひっかき、雉は空からつっついて、鬼どもを痛い目に合わせた。鬼の大将は「命ばかりはお助けください。これからは決して悪いことはいたしません。宝物はみんなさしあげます。」と詫びた。桃太郎は、「これから悪いことをしなければ、命は助けてやる。」といった。桃太郎は宝物を車につんで、犬、猿、雉に、えんやらや、えんやらやと引かせ、じいさまとばあさまのおみやげにして、村に帰ってきた。じいさま、ばあさまも村人はみんな大よろこびで、桃太郎の勇気と力をほめたたえた。
これは『桃太郎』が伝播されている主なバージョンの一つである。 日本民间童话的文化性解读(3):http://www.chuibin.com/riyu/lunwen_205883.html